有田焼は1616年頃、
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に連れてこられた朝鮮人陶工によって開発されました。
有田の泉山で磁器の原料となる陶石(流紋岩)を発見し、
国内での磁器生産が始まりました。
当初は陶器と磁器の両方が生産され、
伊万里港から出荷されたため「伊万里焼」とも呼ばれました。

17世紀中頃にはオランダを通じた海外輸出も始まり世界的に有名になっています。
後継者不足もありますが
消費者のライフスタイルの変化から海外を含む
競争の激化から有田焼の衰退が進行しています。
新しい用途や販路を開拓しようと伝統工芸に最新の科学技術を取り入れた
「ハイテク陶磁器」の波がいま全国に広がっています。
有田は100年後に勝ち残れるのか・・・帰路に立っています。